【スポーツを読む】第14回

家本政明 「逆境を味方につける:日本一嫌われたサッカー審判が大切にしてきた15のこと」 平凡社(2023)

 「うちの選手を退場させても問題ないよ」。当時京都パープルサンガを率いていた元日本代表監督のハンス・オフトから言われた言葉に著者の家本政明は面食らったという。

 元サッカー審判員の家本はJリーグで主審として最多出場記録(引退時)を持っていた有名レフェリーである。その一方で「日本一嫌われた審判」と言われたこともあった。判定の正確さだけを追求するあまり競技規則にとらわれ過ぎて柔軟さが足りなかったと振り返る。判定への批判報道やリーグからの処分など本書のエピソードからは、審判員という職業の重さが伝わってくる。著者がいかにして苦しみや困難から抜け出したのか、15の「信条」が紹介されている。

 冒頭のオフトの言葉は信条6「建設的に疑い、楽観的に始める」に登場する。多くの人は失敗したらどうしよう、失敗をするならリスクは最小限にしたいなどと考えるのではないだろうか。誰だって失敗は避けたいと考えるものである。しかしここでは「『わざと失敗する』という大胆な発想と、あえて失敗をしてみて、その結果をポジティブに捉えることの大切さ」を学ぶことができる。

オフトは「試合には絶対的な法則がある。それは『決して自分たちの思い通りにはならない』ということだ」とキッパリ話す。「意図的な失敗」はトレーニングになると語り、審判員である家本に対しても「自信を持って失敗しておいで!」と笑顔で背中を押す。家本がオフトの言葉で成長したように、読者も勇気を得られるエピソードである。

 私たちは既に決まっていることを当たり前のように受け入れていることが多い。だがもしかすると、より良い考えがまだ存在していたり、複数の考えがあったりするかもしれないのである。「建設的に疑う」とは、そういうことであり、自分に足りない部分だと気づかされた。
 本書全体を通してみてみると、他者と向き合うことや、他者の言葉について語る章でも、結局は自分を見つめなおすことにつながっている。何かに行き詰まったとき、苦しさにもがいているとき、読んでもらいたい。

(江戸川大学マスコミ学科、藤山ゆりあ)