【スポーツを読む】第19回
吉井理人『聴く監督』KADOKAWA(2024年)

2023年、初めて監督という仕事に挑戦した吉井理人が、千葉ロッテマリーンズでの濃密な1年を振り返った著書。単なる野球の戦術や試合運びの解説に留まらず、野球という枠を超えて、チームや組織でのコミュニケーションの在り方に言及している。
本書の冒頭では、2023年春に開催されたWBCの舞台裏が描かれている。日本代表の投手コーチとして世界一を支えた著者が、大会を通して得た気づきはなかなか興味深い。
筑波大学大学院でコーチングを学んだ吉井は、普段から対話やコミュニケーションを重視している。その影響もあり、コーチ時代から選手の前で剥き出しの感情、特にネガティブな感情は表に出さないように一貫しているという。選手たちの本心を聞き出すには、感情は明らかに邪魔な存在だと考えている。
「他人に何かを理解してもらうには、まず『聴く』ことだ」。これは、第2章の最後の一文である。これが本書全体を貫くメッセージとなっており、続く第3章「聴く監督」では、具体的なエピソードを交えながら、どのようにして選手たちと信頼関係を築いてきたかが語られている。
例えば、選手が試合で失敗した際に頭ごなしに叱責するのではなく、まず選手自身の思いや意図を丁寧に聴くことで、本当の課題を見つけ出す。その上で、前向きなアドバイスを送る指導法は、日常生活で他者と向き合うすべての人にとって参考になるはずだ。
監督となった吉井は、選手との間に壁を作ることを避けた。その取り組みの一つが「監督」という呼び方をやめさせることだ。選手との間には30歳もの年齢差があるため、選手たちが気兼ねなく話せる環境を整えるよう努めた。立場の違いに関係なくお互いに意見を出し合える場を創出したことが、1年目で2位に躍進したチーム成績につながっている。
「プレゼン」が重視される世の中で、本書は「聴く」ことの大切さを説く。それが良き人間関係を築くために欠かせないことを再認識させてくれる。
(江戸川大学マスコミ学科、浅水優佳)